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違和感があった。
何かがおかしい。そう考え、すぐに違和感の正体に気づいた。
靴。靴がないんだわ。
常にきちんと揃えられていた靴が、どこにもなかった。
下駄箱を覗いて見ても、中は空っぽだ。
嫌な予感が、たちまち背筋を這い上がった。
まさかっ。そんなことあるはずないわ。
脳裏を掠める嫌な言葉を振り払いながら、足早に浴室やトイレを覗く。どちらも綺麗に片づいていた。
まるで、誰も使っていないかのように。
「っ……静流!」
飛び込んだリビングにも、慌てて覗いた隣の寝室にも、静流は居なかった。
十畳ほどのどちらの部屋も、がらんとしてやけに広く感じる。
あるはずの家具が、どこにもなかった。
歯ブラシ一本、髪の毛一筋残さず、この家はもぬけの殻になっていた。
「静流……」
膝の力が抜け、くたりとその場に座り込む。昨日まで傍らに居るのがあたり前だった。
謝って済むなら、いくらでも謝ろうと思っていた。
今日会ったら、今まで通りでいいと伝えるはずだった。
それなのに……
静流は消えてしまった。
どこまでも私に忠実な静流は、私が言った通り、本当に消えてしまったのだ。
僅かな痕跡すら残さずに……
「嘘、よ……嘘なのよっ」
何を言っても、もう届かない。呟きだけが、虚しくがらんどうの部屋に響く。
戻らない私を心配し、鮎川と加納が迎えに来るまで、私はそこを動けなかった。
ゆっくりと傾いて行く西日が金から茜に変わるのを、ただぼんやりと眺めていた。
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