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運転手がちらりとミラー越しに、興味津々の視線を向けてくる。
低能下劣な男の視線は不快でしかない。自分はともかく、その視線が静流に向けられるのは、許せない。
虫酸が走るわ。おとなしく運転に集中していなさい。
たっぷりと棘を込めた目で睨み付けると、あたふたと運転手は前を見つめた。
「一般人を脅したらだめですよ。社長」
おかしそうに目を伏せて笑う静流は、若武者を象った日本人形のようだ。
すっきりと切り揃えた黒絹のショートボブは、清楚な静流の顔に良く似合う。肌は透き通り切れ長の目元はアルコールの熱で、ほんのり朱を掃いている。
酔ってるんじゃない。いつもはこんなことしないものね。
皮肉に眉を寄せ、自嘲に口の端を歪めると、スプリングの堅い座席に深く身を沈める。
「うるさいわ。少し寝かせて」
「どうぞ。着いたら起します」
あたり前の顔をして、肩を貸そうとする静流を見上げ、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
――恋人でもないくせに。
まるで、駄々をこねる馬鹿な女のセリフだ。
静流の従順さも、忍耐強さも評価している。
なのにそれをもどかしいと、疎ましいと感じるなんて……
今夜の自分は少し、どうかしている。
「あなた、もう少し太りなさい。骨があたって痛いわ」
静流の肩に頭をもたせ、小さく息を吐くと目を閉じた。
「努力します。璃子さんの為なら」
少し堅いスーツの布が頬をこする。静流が静かに笑う気配が伝わってくる。
それは、漣のように私の胸の内を揺らした。
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