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「璃子さん、着きました。起きてください」
優しく肩を揺すられ、私は重たい瞼を上げる。
気分は最悪。呻く気にもならず、重苦しい眉間を拳で軽く叩く。
悪夢の残像が、目の裏でちろちろと揺れている。
小さなライトひとつに照らされた車内で、静流の心配げな瞳だけが目に映った。
鈍く痛む頭を抱え、ふらふらとタクシーを降り、マンションのエントランスに入る。
カードキーを差し込み指紋を読み取らせると、防弾ガラスの自動ドアが開く。そのままふらつく足でエレベーターの前まで行き、壁に寄り掛かるようにして待った。
「汚れます。こちらに」
タクシーの精算を済ませ、追いついた静流が肩を抱く。その胸の温かさが心地好いのに鬱陶しくて、私は眉を顰めた。
到着の知らせを短く鳴らし、静かにエレベーターの扉が開く。箱の奥の鏡に映った自分の姿が疎ましくて、静流の胸に半ば顔を埋めるように目を閉じる。
微かにスパイシーな蝋梅のトワレが薫った。
誰かに支えられなければ、まっすぐ立つことも出来ない。弱い心の内を見せつけられたような気がする。
――そんな風に思うこと自体、弱気になっている証拠ね。
いつもそうだ。恋が終わる度ぐずぐずになる。
でも、騒ぐだけ騒げば、すぐに持ち直せる。
だからこの名状しがたい苛々も、明日の朝には綺麗さっぱり消えているはずだ。きっと……
じっと黙りこくる私の肩を、部屋に着くまで静流はずっとゆったりと擦っていた。
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