序章 哀しい笑い

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 強化の施された体は驚異的な速力を出し、少年を前へ押し出す。黒剣を肩ほどまで持ち上げると、受けて立つ姿勢をとる男の姿が目に飛び込んで来た。  少年は一層強く地面を蹴り――ついに男に肉迫する。  両腕に力を込め、放つは高速の一振り。狙うは男の首。  しかしそれは男の持つ鈍い色の剣に阻まれた。  鍔迫り合いになる。顔を少し上げると、男と少年、二つの視線がぶつかり合った。 ――刹那、少年の頭に鮮烈な警鐘が響いた。  思考より先に体が動く。  腕に思い切り力を込め、相手の剣を弾く。そして同時に両脚に全力を込め、横っ飛びに跳んだ。  視界の隅を赤い何かが通り過ぎる。  二、三度転がって受け身を取り素早く起き上がったのと、耳に痛い爆音が響いたのは同時だった。  慌てて振り返ると、先程まで自分がいたところの少し後方にあった壁、それが崩れ落ちていた。ところどころから赤い炎がチロチロと舌を伸ばすのが見える。 「あれを躱すか……」  遠くから男の感嘆の声が聞こえてきた。  しかし、感嘆したのは男だけではない。少年もまたそうで、思わず舌を巻いた。 「……厄介だ」  相手の力は、はじめの予想以上だった。しかしそれで少年の心が揺らぐわけもない。逆に相手が強者であるほうが、今このとき戦っているという実感が湧くとも思える。  どちらにしろ、こちらも本気を出さねばならないらしい。  少年は再び暗い笑みを見せた。
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