序章 哀しい笑い

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 左手を柄から離し、右手のみで持つ。そして大きく一振り。  漆黒の剣先には――小さな黒い灯が灯った。  それは瞬く間に剣身の上に広がり、淡く揺れる壮麗で妖しい黒炎の刃を造り出す。  剣先のさすほうから男がその美しさと力を思って唾を飲み込む音が聞こえてきた。  少年は再度その柄に左手を添え、今までよりはるかに強く地面を蹴り男に迫る。  男もさっきのように受身な姿勢は取らず、自分から相手を叩き潰そうと走ってきた。 「おぉおあああ!!」  男は野獣のような咆哮を放ち、少年もその顔を歪める。  両者、一撃必殺の一振りを放たんとその剣を振り上げた。 ――鈍い金属音。何かの焦げ音。そして無音。  互いに一閃を放って、斬り交わした二人のうち、ニヤリと笑ったのは男である。 「手応え、有り……」  男は口元を釣り上げ、自らの勝利を確信する。  自分の振るった剣は相手の柔肉を裂いた。対して自分は間違いなく無傷。男の頭には次第に勝利の二文字が浮かび上がってくる。  しかし、男が“それ”に気付いたのは一瞬後のことだった。  服の端には音も無く蠢く“それ”がある。 「これはなんだ……!?」  男は血相を変えて、自分の膝下を見る。  そこにあったのは男を死へと誘うためにじわりじわりと這い上がる――おぼろな黒い炎。男がそれに気付いたとき、すでに炎は男の服の裾に広がり、その体を喰らい尽くすのに十分な大きさに成長していた。
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