第三章 葉月の日記

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「そういえばさ、この間春樹さんを隣町で見かけたんだよねぇ」 そういえば、という割りに脈絡のない弥生の言葉。 これもいつものことだ。 「兄さんを?」 表向き、素っ気なく返す。 「なんだか、アクセサリーショップに入って行ったけど」 ピクン、と肩が震えた。 急に寒気がしただけだ。 兄さんが私にアクセサリーを買ってくれてるかも、なんて思ったわけではない。 「一人で、ですか?」 心持ち、前のめりになるのはどうしようもない。 「一人だったよ」 「いつのことですか?」 矢継ぎ早の問いに弥生が引く。 「た、確か、先月の頭?」 その言葉に、一気に力が抜ける。 「それは多分、お姉ちゃんの誕生日の時です。 あと、一月前をこの間、とは言いません」 そう、兄さんはお姉ちゃんに髪留めを贈っていた。 わざわざ隣町のアクセサリーショップまでいって、だ。 そして、それ以降兄さんは遠出などしていない。 わかっていた、筈なのに。 大体、兄さんからの贈り物は実用性一点張りで色気というものが欠片もない。 だから、私は期待なんかしていない、筈なのに…… 兄さんの、馬鹿……
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