第一章 日常の崩壊

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 § ユナとシャロンが二階の自室で休んでいるクレット家の一階。 ネロアは居間に広げた布団の上に仰向けに寝転がっていた。 今朝のユナの『目覚まし』による被害だ。 水浸しになった部屋は片付いたが、ベッドが乾くには至らなかった。 慣れない背中の感触に寝心地の悪さを覚えながらも、ネロアは明日のことを考えていた。 (どこに居るんですか、タリスさん…) 捨てられていた自分を育ててくれた人。 自分に多くを教えてくれた人。 自分を叱ってくれた人。 ネロアにとってタリスというのは敬愛すべき女性であり、守りたい存在の一人だ。 しかし彼が自分の思わぬところで心配していたのは、ユナのことだった。 ネロアとユナは兄弟同然に育った仲だが、一緒に旅をする仲間でもある。 二人は仕事のためにいろいろな町や村へ赴くのだが、目的地でユナは別行動をとっている。 受けた依頼がネロア一人で成せるものというのもその理由だが、彼女には彼女の目的があるからだ。 ユナがネロアと旅をする理由。 それは、自分が生まれる前に旅に出た父親を探すためである。 父親を探すためのアテは一切無く、あるとすれば凄腕の剣士というくらいのもの。 写真も無いのでユナは父親の顔すら知らない。 唯一の希望は、母親によく似た自分の顔。 自分がわからなくても相手がわかるかもしれない、そんな一抹の思いを抱いて旅に出ては町や村のギルドに行き、それらしい人と直接話をしているのだ。 そのユナが母親までも失いかけていることに、ネロアは不安でいたたまれなくなった。 もしも母親まで失ってしまったら、自分はユナに何をしてやれるだろう。 タリスが居なくなってしまうことはもちろん自分も悲しい。 しかしユナの悲しみは、悲しみだけで終わるだろうか。 その時、自分は……。
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