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クレット家の二階、ネロアは自室のベッドに仰向けに横たわっていた。
長旅の疲れと食後の満腹感からか、その顔は少しまどろんでいる。
睡魔に支配されるまで僅かというところ、部屋の扉を優しくノックする音が部屋に響いた。
「ネロアさん、ちょっといいかしら?」
ドアが開き、タリスが入ってくる。
ネロアは上体を起こし、ベッドに腰掛けた。
「あら、お休みでしたか。ごめんなさい」
「いえ、気にしないで下さい。どうかしましたか?」
「あ、そうそう。はい、コレ」
そう言って、タリスはネロアに封筒を差し出す。
「なんですか、これ?」
「お給料よ」
「え?それなら貰いましたけど」
「そうね。けど、足りなかったでしょう?」
何が足りなかったのか、それは仕事に出る前に渡された旅費である。
金額としては申し分なく、むしろ多いと思われるのだがそれでも足りなくなる。
その原因はユナの半端無い食欲だ。
一食で軽く五人前は平らげてしまい、それでも足りないという彼女の胃袋は支出における大きな悩みの種である。
放っておけば十日分の旅費が二日も経たずに消えかねない。
今回も抑えようと試みたが、結局魔の手はネロアの懐にまで及んでいた。
その意を込め、タリスはにっこりとネロアに微笑む。
「たしかに足りませんでしたけど、もう慣れましたよ。それに俺にとってユナは兄弟みたいなもんですからね。気にしないで下さい」
「あら、そう?じゃあ、これは私からネロアさんへのお小遣いということで取っておいてください」
「お小遣い、ですか」
「えぇ。私にとってネロアさんは大切な家族ですから。ユナも、もちろんシャロンちゃんもね」
タリスの言葉に、ネロアは呆気に取られた。
クレット家の中で血縁があるのはタリスとユナだけである。
シャロンは空気の綺麗なこの村での療養のためにクレット家の世話になっており、ネロアは捨て子だった。
しかしこの四人で暮らすようになって十年近く。
本当の家族と言っても申し分ない。
タリスの優しい笑顔に、この人には勝てないな、とネロアは改めて思う。
「わかりました。それじゃ、いただきます」
軽く一礼して、ネロアはタリスから封筒を受け取った。
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