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「……掴まれ」
ゆずるは低く唸るように言うと、自分のウエストに巻かれた直久の腕に手を添えて、妖狼の背を勢いよく蹴った。宙に浮いた二人の体を、すかさず妖狼の柔らかな尻尾が受け止める。そのまま、尻尾に運ばれるようにして難なく床に着地することができた。
「さあ、もう大丈夫だろう? 目を開けてみろ」
かたくなに目を閉じたままだった直久に、ゆずるは声をかける。
直久は、おそるおそる重たい瞼を開けていき、見えた風景にほっとしたように息を吐いた。
「ここは……音楽室?」
直久のかすれた声で、ゆずるは初めて視線を室内へと向けた。妖獣の背からでは、ふさふさの獣毛が邪魔をして何も見えなかったのに、自分の背丈の目線になったとたんに色々なものが見えてきた。
まず、目に飛び込んできたのは、妖狼の脇の間からちらりとのぞくようにして見えた、黒光りする物体だった。――ピアノだ。
その一部しか見えていなくとも、立派なグランドピアノがすぐに想像できた。妖狼が少しよろければ踏み潰してしまいそうなほど妖狼のすぐ真下にあったため、妖狼の背中から目視できなかったのだろう。
視線をピアノから少し上部にスライドさせると、眠そうにあくびをする妖狼の顔越しに、黒板が見えた。黒板は上下にスライドできる型のもので、確かに音楽室にでしかありえないように、五線が引かれていた。
ゆずるは、さらに視線を背後へと移動させていく。
ふと、ある一転でゆずるの目の動きが止まった。
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