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「それに、君からは美味しそうな匂がしないしねー」
すっと夢魔の視線が外れた。すぐに、体に自由が戻る。
「っ……」
震える肺で、どうにか息を吸った。荒くなった呼吸をなんとか落ち着かせようとするが、難しい。
(び、びびった……)
蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かったような気がした。できれば、一生分かりたくなかった。そうも思った。
嫌な汗が背中を流れていくのを感じながら、夢魔と対峙し続けるゆずるに目をやる。
ゆずるは静かに夢魔を睨み付けていた。じっと、ただ、相手の出方を見ているようにも見える。その凛とした横顔に、頼もしさすら感じる。
九堂一族で一番の力を持つゆずるですら、かすかな隙も見せられない、そんな緊張感の中にいるのだ。自分が動けなくなるのも当然だ。いや、下手をするとあの一瞬で自分の心臓が止まっていたかもしれない。そう思うとぞっとした。
「君が本当に後継者だとすると、あの子はどこへ行ったんだい? 死んじゃったの? もしかして、あの当主のお爺ちゃんが死んで、あの子が後を継いだのかな? そんなはず無いか。だって、あのお爺ちゃんの匂い、まだするもんね」
「……あの子? 誰のことだ」
ゆずるが唸るように言った。
「名前なんて知らないよ。ちょっと前に、暇だったから君たちの家に遊びに行ったんだ。そしたら、ギラギラした目のあの子がボクに言ったんだよ。もう少し待てって」
夢魔は、その時のことを思い出したのか、クククと小さく笑った。
「もう少ししたら子供が生まれるから。そしたら、ボクに食べられてくれるって言ってたんだ」
「……子供……?」
そう呟いたゆずるの顔が、見る見るうちに険しくなっていく。
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