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仕事の帰り。
普段はあまり使わないバス停で、初めて彼女を見た時、一瞬だけ金縛りになったように、体が動かなくなった。
今まで付き合って来た女達とは違う何かが、彼女にはあった。
ハタチそこそこの女達のほとんどは、髪を茶色に染め、顔に白い粉を塗り、自分を偽る事ばかりに力を入れているような気がする。
実際俺と同年代の、過去の女達も、似たりよったりだ。
しかし、彼女は違う。
黒々と光るストレートの髪を、ゆるやかに肩へ流し、文庫本を読んでいる。
本のページをめくる指が他の人より、たおやかに見える。
バス停のベンチでは、他にも本を読んでいる人もいたが、そこにいる全ての人が、彼女の前では霞んで見えた。
俺は平静を装い、そっと彼女の座っているベンチの後ろに立つ。
どうしても彼女と知り合いになりたかった俺は、少しでも情報を掴もうと、必死だった。
そこで突如、携帯電話の音が鳴った。
その場にいた人間が、すぐさま反応し、音の発信源を反射的に見る。
それは彼女の携帯らしい。
少し慌てた様子で、脇のカバンに手を入れ、ソレを自分の耳に当てた。
「もしもし…うん、今バスに乗るトコ…。あと10分くらいかかると…え?!迎えに…?」
果たして電話の相手は、彼女の何なのだろう…ただの友達か、はたまた恋人か…。
頭の中は不埒な想像で一杯になる。
今日初めて会った女性に対してこんな事を思うなんて、どうかしている。
「わざわざありがとう。…えぇ…分かった。じゃあ後で。」
彼女はそう言うと、通話を終わらせた。
俺はそのまま彼女が立ち去るのだろうと思った。
しかし、彼女は指を栞代わりにしていた本を開き、続きを読み始めたのだ。
おそらく相手はバス停で待って居るように言ったのだろう。
この際相手が恋人なのかそうでないのか、確かめてやろうじゃないか。
俺は訳の分からない理由で、その場に残る。その一方でそんな自分を冷静に見ている部分があって、それは、彼女の電話の相手を見るのを、嫌がっている。
ここに彼女を迎えに来た人物が、予想通り恋人だったとしても、自分には微塵も関係無い。
そんな事は、言われなくても、痛いほど分かっていた。
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