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はふぅっと息を吐くと、白い息が空に消えた。
底冷えする寒さに、奈良の冬の厳しさを思い知らされる。
鹿がふるっと首を振ると、地面に鼻を押しつけながら離れて行った。
あぁ、行っちゃった……。
腕時計を見ると、後三十分くらいで集合時間だった。
折角だし、東大寺まで来たんだから奈良の大仏くらい見に行こうか。
重い腰を上げて大仏への道を歩き出す。
石畳の道は雪がうっすら積もって歩きにくい。
滑りそうになるのを堪えて歩いていたら、後ろからど突かれた。
転びそうになって耐えると、恐る恐る後ろを見る。
そこにはさっきの鹿がいた。
「もう。鹿煎餅は無いよ」
頭を軽く押して離そうとしたら、鹿は袖を噛んで止めた。
「んもぉ」
困ったなぁ。
どうしようか悩んでいたら、鹿はじっと私を見つめて来る。
何となく、この鹿は私に鹿煎餅を催促してないのは分かった。
しゃがんで目を合わせる。
「ねぇ?どうしたの?」
何がしたいんだろう?
鹿はもごもご口を動かしながら、地面に鼻を付けた。
「誰か意思疎通できる人いないかな」
ばふぅっと息を吐き出した鹿は、感情が読み取れない瞳を私に向けた。
逃げても駄目だよね。
私の考えが読み取れたか、鹿は視線を逸らさない。
どうしようかな……。
じっとしてるととんでもなく寒くなって来た。
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