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「────フゥ」
軽く息を吐き、ゆっくりと懐に手を伸ばす。
触れたのは、親父の形見の無刃刀。
しかし、そんなものはただの気休めでしかない。
何せ、その刀には刃もなければ鍔もない。
ただ柄があるのみという、御守り代わりに過ぎないようなものだ。
ここで羅刹に怒りに任せて斬りかかられたらひとたまりもない。
できる限りの情報を引き出そうとしたまではよかったが、どうやら虎の尾を踏んでしまったらしい。
だが、踏んでしまったものは仕方ない。
今はこの場をどう切り抜けるかに全神経を集中しなければならない。
「────」
無刃刀の柄を強く握りしめ、頭を戦闘仕様に切り換える。
脳裏には、ザァザァというノイズの混じった朧気な映像が浮かび上がってきた。
やはり完全な予知など望むべくもない。
その行動を完全に視透かすには、灰人の時と比べ情報が少なすぎる。
加えて、羅刹はその異能すらが未知数だ。
格好つけずに灰人に異能を聞いておくべきだったと、長らく会っていない友人の顔を思い浮かべたその瞬間だった。
「────フ、ハ、ハハ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
まるでその友人そのもののような哄笑が響くと共に、抜き放たれていた赤刃が、くるりと鞘に納められた。
辺りに充満していた殺気も今はもう感じない。
波にさらわれたようにきれいさっぱりと消え去ってしまった。
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