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「……またお父さんのことかい、加奈ちゃん」
「だから違いますってばー。本当になんでもないですよ」
頬をわずかに膨らませ、加奈は頑ななまでに否定を続ける。
こうまで否定され続けては、ただの雇い主である彼にこれ以上追及はできない。
たとえ強がりだとわかっていても、彼女をこのまま行かせるしかない。
「わかった、加奈ちゃんを信じるよ。ただ、もし何か辛いことがあったら、すぐにここに駆け込んできていい。それだけは覚えておいてね」
「……あは。ありがとうございますー。今日も本当はシフトじゃなかったのに、我が儘言って働かせてもらって。いつもいつも店長にはご迷惑おかけしますね」
「そんなことは気にしなくていいんだ。僕が好きでそうしてるんだからね。だから、遠慮なんてしなくていいよ」
「……はい。これからもご厚意に甘えさせてもらいますねー。じゃあ、今日のところは帰ります」
失礼しますと頭を下げ、加奈はレジの前から離れていく。
しかし、自動ドアの前で一度歩を止め、
「────でもね店長。うちに“お父さん”なんていませんよー?」
そう、呟いた。
その呟きに、彼は答えを返せない。
別に答えを期待していたわけではないのだろう。
加奈は止めていた足をすぐに動かし始める。
その背中を、ただ見送ることしか彼にはできなかった。
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