14243人が本棚に入れています
本棚に追加
「右手に林があるのが見えるな?そこに入れ。足を止めるなよ」
公園の右手側、敷地内から抜けられるようになっている林を視認する。
喉は凍りつき、身体の震えは一層強まるばかり。
月は八月、蒸し暑い熱帯夜だというのに、背筋に感じる寒さは氷点下のそれだ。
真実、彼女は恐怖という名の寒波に凍えていた。
植え込みを避け、背後に迫る死に背中押されるように、彼女は林の奥へと足を進めていく。
そのまま歩き続け、公園内からその姿が視認できなくなろうかという辺りで、背後から再び死神の声が届いた。
「止まれ。ここでいい」
その声とともに、首筋にあてがわれていた冷たさが失われたことを感じ取る。
それにわずかに安堵したのか、意思とは関係なく、彼女はそのままその場にへたり込んだ。
「は、は、はぁ────」
必死で呼吸を整え、ゴクリと大きく喉を鳴らす。
背後の気配は当然なくならない。
いまだ危険が去ったわけではなく、一寸先にはぽっかりと死が口を開いている。
彼女の命は、言わば風前の灯。
それでも、思考ができる程度の冷静さはなんとか戻ってきていた。
最初のコメントを投稿しよう!