第六十二章…Lost Memory

64/121
前へ
/1015ページ
次へ
「溝を作った、だけ?ずいぶんと簡単に言ってくれるが、それがどれだけ困難なことかわかって言ってるのか?お前は子供にでもできると言ったが、そんな筈はない。達人と呼べる域ですらできるかどうか……。大気に溝を作るほどの剣撃、それを鼻歌気分でやってのけたと言うのか、お前は?」 問いかけを続ける穂村の口調は重い。 時間を置き、冷静さは多少戻ってきたようだが、やはり驚愕の色は隠せないようだ。 俺が鼻歌気分でやったかどうかは別として、穂村の言っていることは概ね正しい。 炎を斬る──── 正確には大気を斬るだが、それを成すには並々ならぬ“速度”が必要だ。 子供は言うに及ばず、剣の心得がある大人でもできるかどうかはわからない。 正直、俺もそれほどまでに自信があったわけではない。 窮地に立たされ、それ以外に選択肢がなくなっただけ。 余裕を装ってはいたが、内心はかなりヒヤヒヤだった。 だが、結果としては上の上。 これ以上は望めない結果を叩き出すことができた。 しかし、それも必然。 幼い頃から何万、何百万と馬鹿みたいに繰り返してきた素振り。 空くらい、今まで幾度となく断ってきていた。 それを、ただ実戦で実践することになっただけ。 不思議なことなど何一つない。 当たり前のことが当たり前に起こった。 要はそれだけの話だ。
/1015ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14243人が本棚に入れています
本棚に追加