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「ねえ、これ本当に品評会に出しちゃうの?」 虎之助は、菊に水をやりながら、隣で薔薇の虫をとっている祖母に聞く。 今、この庭は秋の花々で満たされていた。 ここを訪れる客は、よく薔薇やコスモスを賞賛して帰る。 虎之助には、自慢の庭であったから、それはそれで嬉しいのだが、ちょっとだけ不満を感じるのだ。 それは、菊を褒めてくれる人が少ないことであった。 虎之助は、名前こそ勇敢だが、草花を愛する青年だ。 普段は、造船所の作業員という男くさい仕事をしているが、休みの日の午前中は、こうして祖母と庭いじりをするのが虎之助のこの上ない楽しみである。 無論、まだ若いし、独身だ。 そんな虎之助は、あらゆる花の中でも菊が大好きであった。 どうして菊が好きなのかと聞かれても困ってしまう。 好きなものは好きなのだからしょうがない。 一重の楚々としたたたずまいも好きだし、八重の大輪も大好きだ。 菊を前にすれば、虎之助は何時間でも、うっとりと眺めていることができた。 今年は、嵯峨菊が真っ白な美しい花をつけたので、それを品評会に出すことになっている。 祖母は70前であったが、背筋はぴんとしていて、周囲からはいつも10歳は若く見られている。 その祖母にとって、毎年菊の品評会は最大の楽しみであり、それに自分の育てた花を出すことは、生きがいのひとつでもある。 しかし、虎之助は件の嵯峨菊を前にすると寂しい想いにとらわれる。 その嵯峨菊だけは、ずっと手元に置いておきたいと思うのだ。 しかし、菊の出品が祖母の生きがいであるならば、彼女の出したい花をわがままを言って手元に置くのも少し気が引ける。
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