彼方の月。

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どんな闇夜も照らしてくれる。  夜空に浮かぶ、あの月のように。   彼方(かなた)の月 「どうした、りん」 いつになく静かな夜だった。 薄暗い暗闇の中で、りんはいつものように殺生丸の「お帰り」を待っていた。 「まさか、もう腹が減ったなどというのでは無かろうな」  ささやかな焚き火に薪をくべた顔が、目の前の小妖怪を見つめる。 「空いてないよ。だって、さっき食べたばっかりだもん」 「そのわりには、随分と大人しいではないか」  いつもならば、一足早く眠っているか、それとも喋っているかあれやこれやと歌っているか。  気がつくと辺りをぶらついていることもある。全くじっとしている事など今までになかった。 『黙れりん。-うるさい』 (―――殺生丸さまの命でもなければ黙らんからな)  その主も、いつものようにふらりと出たまま戻らぬ今宵。 「後でわめくで無いぞ。まったく…」  またこれに下らん合いの手を投げねばならんのか、と嘆く準備をしていたところが、今日はいやに静かなまま、である。  良い事なのだが肩透かし・・・むしろ不安をおぼえる己の胸の内が又腹立たしい邪見であった。  何故、自分が人間の童などとこんなところで。そもそも、何故殺生丸さまは。ここのところの癖になりつつある溜息を深く落としそうになり、ぐっと堪える。  その傍らで、又一つ、溜息に近い吐息が漏れた。 「・・・・・・ないね」 「・・・・・・・・・ぁあ?」  意味が分からずにりんを見やる。 「お月様、見えないね」 「月?」  それがどうした、と目が問うのに、いつもは一人賑わっている口はいつになく静かなまま。  その小さな手は、傍らの双頭の竜の首筋をそっと叩く。  夜の空を、一筋の光が飛んでいた。  よく見ると光のように見えたのは、膝裏まである長い銀髪。  何かを見透かすかのような、金色の瞳で地上を見下ろしていた。   そして。  一輪の花が視界に入る。 (あの花は、確か……)  そうだ。  確かりんが好きだと言っていた花だ。  名前は忘れてしまったが、まあいい。  わざわざ花を摘むために地上に降り、茎を折った。 (手土産にはなるだろう)  そしてまた、大空へと舞い上がる。
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