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鏡花が携帯を仕舞う。
が、謀ったかのようにしてもう一度携帯が鳴り出した。
麗奈だろうか。はたまた他の誰かか。
少し億劫だが出ないというわけにもいかず、鏡花は再び携帯を取り出す。
サブディスプレイには麗奈ではなく同じ仕事仲間の名前が表示されていた。
こんな時間にどうしたのだろうか。仕事はまだのはずだが。
「私だ」
少しの間、電話の相手とのやり取りを終えたあと鏡花は携帯をしまいこんだ。
手短にいえばこういう話だった。
『仕事でミスって明日の納期に間に合いそうにないから今すぐ来てくれ』、と。
しかも一分一秒を争うほどの状況らしい。
「雛」
「どうしたのママ?」
「ママちょっと急用ができちゃってな、すぐにでもお仕事に行かなくちゃならないんだ」
「ほぇー」
「だからここから雛一人でってことになるんだが……」
「ひなは大丈夫だよー」
「おっ、そうか。雛はえらいなー」
鏡花が雛の頭を撫でる。
正直なところ心配だった。いくら姉の息子とはいえ面識のない人間に自分の娘を他人に、しかも男に預けるのだ。姉は自分と違って息子はまともだと言っていたが、奴の言うことは信用ならんことばかりだ。
今からでも一言いっておこうか――そんな考えが頭を過ぎる。
しかし仕事のほうも心配なのには変わりない。私が勤めている会社はいわゆる弱小企業だ。社員一人のミスが会社の信頼に関わってくることも少なくはない。
大丈夫、雛は私の子だ。
やはりここは仕事を優先しよう。
鏡花は自分に言い聞かせた。
「じゃあ雛、ママはお仕事行くから後は頼んだぞ」
「はーい」
「もし変なことされたら、蹴り飛ばして110番するんだぞ?」
「うん」
「それじゃ」
鏡花は雛を軽く抱き締めたあと、駆け足でその場を後にした。
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