恋の病に薬無し。

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午前中を乗り切り、ピークが過ぎた頃にそれは起こった。 「オイ、あれ会長じゃね?」 「確か今年からじゃなかったか?生徒会からもポイントが付加されるの…」 「マジかよ!精一杯もてなさないとな…」 「おうよ、もちろん…」 「な?卯月」 「…………はい?」 何故そこで俺の名前を呼ぶのか。 まさか、この姿で出迎えろと言うのだろうか。思わず顔が引き攣る。皆の有無を言わせないような笑顔が怖い。 「い、嫌だ…!」 「頼む、卯月!お前だけが頼りなんだよ!大丈夫だって!今のお前スゲー可愛いから!」 「まさかこんな美少女があの卯月だなんて思わないって!」 「旭…っ」 物凄い勢いで追い詰められ、他人事のように我関せずといった軍人に泣き付く。すると奴は信じられないことに鼻で笑うと俺の背を押したのだ。 この…裏切り者…っ! 勢いのまま八城宮先輩の前に飛び出してしまう。恐る恐る顔を上げると、 そこには彼らしからぬ惚けた顔があった。 「な、なんつー格好してんだ…っ!テメェら見てるんじゃねー!」 顔を真っ赤にした彼は俺の腕を引き、周囲から見えないよう己の背に隠した。途端に起こる笑いの渦。 「いやいや会長、今更何言ってるんすか。手遅れだから!」 「というか流石会長!一目で卯月だって分かるなんてな。親衛隊の言ってた通りだ!」 「なんつーか、会長も人の子だったんだな~」 「チッ、黙れ」 いつからか、彼の雰囲気が大きく変わったことにより一般生徒が気軽に声を掛けられるようになっていた。彼も顔では仏頂面をしつつ、邪険にすることなく相手をしている。 良い傾向だと思う。 そう思うのに……どこかで俺は、独占欲のようなものを感じてしまうのだ。 「八城宮、先輩…」 俺だけの、会長の呼び方。 小さい声だったのに彼はちゃんと気付いてくれた。振り向いた顔は少し驚いていて、疑問に思えば視線が下を向いている。無意識に彼のジャケットの裾を掴んでしまっていたようだ。 「お前な…」 額を抑えた八城宮先輩がぐったりしていた。 「罪作りな男め」 誰かの言葉に周囲が頷くのを、俺はただ戸惑いながら見つめるのだった。
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