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まだ肌寒さが残る頃、どこの家にでもある座布団に青年は座り、仏壇に飾ってあるあの頃からちっとも変わらない写真を眺めている。
青年はおろしたてのスーツに身を包み、お茶を出すというこの家の母の申し出を受け入れ、お茶を一口すすると、軽く握り拳を作り写真に語り始めた。
『しんのすけ、俺達はもう大学生になるんだ。車の運転もできるんだぜ。』お高いプライドに、少しトゲのある話方をする風間は幼稚園児のままの姿のしんのすけに言った。
『ボーちゃんは北海道の大学で農業の勉強をして、ネネちゃんは服飾の専門学校で、マサオくんは一浪で国立の大学に入るってさ。』
しんのすけは元気に笑いながら風間の話を聞いていた。
『僕は都内の一流大学さ。まっ!!僕の頭だったら都内の大学なんて余裕だったしね。四月からは東京に一人暮らしを始めるんだ。ママから仕送りをもらいながらね。…だからここに来れるのは夏休みと冬休み、それから春休みになるな。』
そんな風間の自慢話をしんのすけは黙って聞いていた。
風間は月に一度、欠かさずに手を合わせに来ていた。そしてしんのすけといろんな話をしているのだ。
しかし、しんのすけは返事をしない。ただ笑って風間の話を聞いているだけだった。
あの日からずっと…。
『次に来るのは7月ぐらいだな…。心配すんなって。ちゃんとおみやげのチョコビ持って来るからな。』
そう言うと風間はしんのすけが少し笑ったような気がした。
それにこたえるように風間も笑うと線香を一本あげ、立ち上がった。
居間に行くとしんのすけの母のみさえに呼び止められてケーキをごちそうになった。もちろんしんのすけの仏壇にも同じケーキが置いてある。
『風間くん、大きくなったわね。スーツなんか着ると誰だか分かんなくなっちゃったわ。』
そんな会話をしながら、みさえにも四月から東京に引っ越す事を伝えると一礼して家を出た。
三輪車で走っていたあの頃は広く感じた道路は凄く狭く感じた。
そう思いながら歩いているとあの頃によく五人で遊んだ公園に着いた。
よく見ると公園のベンチには女性が座っていた。
癖っ毛の前髪にどこか懐かしい横顔…。
風間はその女性に声をかけた。
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