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「今駅おりたところ。車の中で待ってるから。今どこにいるの?」
「ああ、聡ちゃん。車って。どういうこと?わたしは家にいるに決まってるでしょ」
母親は不思議で仕方がないという声で聡一郎に答える。
「だって、駅のパーキングに停めてあるじゃない」
「聡ちゃん……何を言ってるの?冗談はいいから早く帰っておいで。今から秋刀魚を焼いておいてあげるから」
「え……?」
「だからサンマよ」
「サンマはわかった。というか、母ちゃん今まじで家にいるの?」
「何言ってるのあんた?家にいない人がどうやって秋刀魚を焼く?」
呼び方は母の機嫌のバロメーターである。
聡一郎のことを「聡ちゃん」と彼の母親が呼ぶときには機嫌が良いときだ。
しかし、これが「聡一郎」「聡」「あんた」となるにつれて、機嫌が悪くなる。
この場合、あいだの「聡一郎」を飛ばして一気に「あんた」と呼ばれたことで、母親のいらいらメーターの針が急速にレッドゾーンに近付いていることを感じるべきだ。
「いやいや、母ちゃん。じゃあ、なんで駅前にうちの車があるの?」
「車ならちゃんとうちにあるでしょう」
「だって、今おれうちの車に乗ってるのに」
「それ、ほんと?」
「嘘じゃないよ。母ちゃん、車庫見てきてよ」
そんなやりとりをしているうちに、聡一郎には、なんとなく家の車庫にもプジョーがちゃんとあるような気がしてきた。
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