4/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
この世に固有な存在であるはずのものが、二つあるとしたら、そのうちどちらかが本物で、どちらかが偽者なのだろうか。 量子力学に、対生成とか対消滅という言葉があったような気がする。 その対消滅のように、今自分が乗っている車と、家にあるもう一方の車が同じ空間を共有したら、両方とも消えてしまうようなことにならないだろうか。 やがて受話器から母親の声がする。 「やっぱりちゃんとあるわよ」 「そっか……」 聡一郎は、何か絶望に包まれたような心地で、母親の声を聞いた。 家にあるはずの車に、今自分が乗っている。 「なんでもいいから早く帰ってきなさい!」 ほとんど叱責に近い母親の声を、意識の遠くで聞きながら 「わかった……」 と小さく言って、聡一郎は携帯を閉じた。 「滝宮天満宮」と書かれた運転席脇のお守りを見る。 やはり、間違いなくうちのプジョーだ。 それ以前に、おれは、自分のキーを使ってドアを開け、この運転席に座っているではないか。 他のプジョーならば、自分の持っているキーでドアが開くわけがない。 とにかく、家に帰ってみよう。 聡一郎はイグニッションキーをひねり、車のエンジンをかけた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!