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家に近くなるにつれて、聡一郎の緊張が高まる。 うちは一軒家で、狭い敷地の中に1台分だけの駐車スペースをとってある。 聡一郎と母親の会話では「車庫」と呼んでいるものの、実際にはアルミの支柱の上にトタンの屋根をつけただけの簡単なものである。 その「車庫」に、身をすぼめるようにして車を停めるのだ。 いつもの自販機の角を曲がると、そこはすぐに聡一郎の家だ。 そして、その車庫には、今聡一郎が運転しているものとまったく同じ、赤のプジョーが停まっている。 「ありえねぇ」 聡一郎は、苦笑をもらしながら幾分大きな声で独り言をした。 車を降り、努めて、冷静に、聡一郎は車庫のプジョーを観察した。 ナンバー、ドアノブまわりの傷、リアバンパーのへこみ、そして滝宮天満宮のお守り…… まさしく、同じものだ。 聡一郎は、戦慄と馬鹿馬鹿しさの入り混じった苦笑をたたえたまま、そのプジョーのドアに自分のキーを差し込み、ひねってみた。 ガチャッ ロックが解除される。 「ありえねー!」 もう、わざわざドアを開けて車の中を確認する必要も感じなかった。 目の前で起こっている、不可思議な現実を今はとりあえず受け止めるしかない。 車のロックをかけ直して、聡一郎は玄関の前に立つ。 聡一郎の中で、ネガティブな妄想がどんどん膨れ上がる。 車が二つならば、母親が二人になっている可能性だってあるじゃないか。 いや、さすがにそんなわけないよな。 聡一郎は祈るような気持ちで玄関のドアを開けた。 「ただいま」 「おかえりー」 声の主はひとつだけだった。 テレビの音がする台所へ行くと、母親が「一人で」食卓に座ってビールを飲んでいた。 「やっと帰ったのね。今秋刀魚を焼いてあげるから」 よかった。 とりあえず母親は二人になっていなかったようだ。 聡一郎が、胸をなでおろして食卓に座ろうとしたそのとき、 「ただいま~」 玄関で声がする。 それは、まぎれもなく、聡一郎の声であった。
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