第二章:好意と憎悪は紙一重

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「しかし、昨日は少し楽しかったわね」 「なに? 命のやり取りに血湧き肉踊る戦闘民族にでも目覚めたの?」 「んなわけないでしょ」  呆れつつ、額を小突かれて痛みがじわじわと浸透する。脳に近いせいか痛みに過敏に反応してしまう。痛みで生理的な涙が出たので宙に気付かれる前にサッと拭った。 「ほら、私が貴方に変装したことよ。ウィッグさえあれば私達は代替可能みたいね」 「例えば、宙が僕に代わって再来年の大学入試を受けるとか?」 「出来そうだけどやらないわよ。楽しようなんて許さないから」 「えー、凄くいいアイデアだと思ったんだけど」 「貴方にだけ都合のいい、ね」  そんな冗談を交わしている間に食べ物屋台激戦区に踏み込んでいたようだ。空気の炙られた匂いが一気に色づく。ソースの焼ける匂いに、ベビーカステラの甘い匂いだ。 「何をご所望? 奢るよ」 「あら、私相手でそんな簡単に財布の紐を緩めて大丈夫なのかしら?」 「昨日のお礼がしたいからね。それに先生が諭吉さんをくれたから大丈夫」 「財布の紐云々じゃなくて、貴方が葵さんのヒモってわけね」 「失礼な、断ったのに無理矢理押し付けられたんだよ。それと……先生のこと葵さんって呼ぶんだ」 「被るのは嫌だからよ。彼女も『ハァハァ、これもアリね』と快諾したわ」 「……あの人は相変わらずだな」  頭痛の種に芽が生えたという自作ことわざをプレゼントしたい気分になる。意味は果てしなく迷惑、で。
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