第三章:悪意の理由は善意

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 春は曙。夏は夜。秋は夕暮れ。冬は早朝(つとめて)。かの有名な清小納言の随筆、枕草子の一節よ。日本の四季はそれだけで芸術作品みたいなものらしいけど、そんなこと私にとっては二の次ね。  春は花粉症予備軍の私にとって嫌な季節だし、夏はひたすら暑いし、秋はスギ花粉自重だし、冬はひたすら寒いし。  情緒よりも過ごしやすさを重視する私は四季の移ろいなど望んでやしない。  しかし、そんな私の胸中なぞ知る由もなく季節は巡る。――秋、山を真っ赤に焼く紅葉は美しいけれど、通学路の途中にある銀杏は酷い臭いだ。スギ花粉が張り切っているのか、微妙に鼻がむず痒いのも煩わしい。  二、三年後には私も花粉症患者の仲間入りかしら。とぼんやりと考えながら、ふと隣の席に視線を向ける。  何の因果か、転校してから計四回の席替えで全て私の隣を陣取った私の劣化コピーの席。  彼はいつも机に伏して、ぼんやりと視線を彷徨わせている。  ――筈なのだけど、今その席の持ち主の姿はない。  昨日までは、飄々とした態度で登校していたのだけれど。元々、彼は学校に連絡するようなタイプじゃないし、伝言を頼めるような友人がいる様子は私が見た限りではいない。  おおかた急激な気温の変化についていけず、体調を壊したのでしょう。女の私から見ても細く、ひ弱そうな彼のことだ。そうに違いない。  勝手にそう結論付けて、授業の方へ意識を向ける。  頭髪の薄い中年教師のとても効率の悪い、つまらない授業を聞き流しながら、自分なりにノートを纏めていく。  慣れ切ってしまった作業に、物足りなさを感じながら英文をスラスラと書き込んでいく。  ふと手を止め、窓から覗く空を見た。灰色の雲海の向こうにどす黒い雲がゆっくりと迫って来ていた。
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