第一章:鏡の中の鏡

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 午後の雑務もとい授業を終え、放課後。  無駄に重い鞄を持って教室を立ち去ろうとしていたら、二人の男に声を掛けられている宙の姿が目に入り、足を止める。  彼は確か、タラちゃん。一つ訂正しておくが家族全員が魚介類の名を冠した一家の一員ではない。あだ名の由来は女たらしから、タラちゃん。  そしてその隣にいる奴のあだ名はイクラちゃん。一つ訂正しておくが(略)。由来はいつもタラちゃんと一緒にいるから、ただそれだけ。  別にこの二人が一緒にいるからって「はーい」「ばーぶー」という掛け合いが見れるわけではない。悪しからず。  閑話休題。んー、もしかしてナンパですか? な、ナンバーの誤植じゃないですよ。  「ヘイ、レディ。俺とお茶でもしないかい?」「ワオ! どうしましょうかしら」的な展開ですよ。  お盛んですこと。僕にもそんな浮いた話が来ないものかねぇ。  柄にもなく、淡い青春の息吹に僅かな憧れを描きながら教室をあとにした。 「もしもーし、にーちゃん元気?」  帰宅後僕を出迎えたのは明朗快活な、妹からの電話だった。 「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。もう一度ご確認の上、お電話下さい」 「あ、ちょ、待って、ウェイトウェ」  ほっほっほ、静かになりましたなぁ。  唐突に老人口調で感慨に耽る僕、実に面白い。  ソファに寝転んで、ひと時の安らぎ。次の襲撃に備えて心身の回復を図る。  ……ほら、来たよ。携帯がブルブルと震え出した。僕は仕方なしに寒さに震える携帯を優しくあやしてやった。 「もしもーし。にーちゃん? いきなり切らないでよ、もー」  甘ったるい、猫撫で声が電波を介して僕の耳に届く。ぞわっと、鳥肌が総動員する。 「あー、あー、妹……か? 僕は疲れてるんだ。電話ならまた今度にしてくれないか? そうだな、三年後くらいに」 「まーた、そんなこと言って。照れちゃって、もー」 「切るぞ」  人の気を逆撫でするのが実に上手い妹である。こんな妹を持つ僕の鼻も高い、嘘だけど。 「で、何の用?」 「じょーだんです。えっと今度大きな休みが取れたら、にーちゃんの家に泊まりに行くからね。それじゃ」 「はぁ!? ちょっと待てウェイトウェ」  ……切られた。なんなんだよ、まったく。
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