第三章:悪意の理由は善意

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 空気が凍るブリザードですの。小判鮫Aの発言は一瞬にして、この場を永久凍土に変えた。  小判鮫Aは不安げに、しかし一つの嘘も見逃すまいと私の一挙一動をしっかりと目で追っている。小判鮫Bは、どうでも良さげにお弁当を次々と口に放り込んでいるように見えて、時折探るような視線を向けてくる。  さらに、鳥女。先程までの作り物めいた仏の笑顔が強張っている。アルカイックスマイルが、金剛力士像に変わっていた。  そして、私。何故か脈が上がり、心臓が早鐘を打って聴覚機能を阻害している。瞬きの数が劇的に上昇し、視界に映るものが不出来なアニメーションのようにぬるぬると動いている。 「どうなの、かな? 相沢さん」  今までの小動物的な態度から一変、強気な態度である。  私の内で起こるエラーと外部からの圧力に耐えながら、ようやく口を開いた。 「――別に、付き合って……ないわ」  やっとのことで吐き出した言葉が槍となって返ってくる。何故だか胃の奧がチクチクと痛い。 「遠峰くんが、好きなの?」 「……」  この空気に耐えきれなくなって、うどんを啜る。 「好きなの?」 「……」 「好きじゃないの?」 「好き、じゃないわ」  そう。そんなんじゃない。私はそんな感情など持ってはいない筈だ。いや、持ってはいけない。私は罪人なのよ。何をしたって、許されるようなものじゃない。永遠に償うことの出来ない贖罪を続けていかなければならない。それが私の義務であり、生き続ける意味。あり得ない、あってはならない。私の身体も、心も。大切な物を奪ってしまった奴の代わりに、私が差し出さないといけない。私は慰みものでしかない。渇きを癒す、寂しさを紛らわす為の人形。私は奉仕しなければならない。全ての悪意から身を投げ出して庇い、全ての痛みを背負わなければならない。そうだ、そうだったのよ。私は何を腑抜けた生活を送っていたの。何の為にわざわざこの町に戻ってきたの。忘れるな。私達の罪を忘れてはいけない。  ――好きなんかじゃ、ない。
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