第三章:悪意の理由は善意

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 午後からの最初の授業は気分が優れなかったために、美麗なCの字を描いて机に伏していた。  顔を横にずらして窓の外を見上げると、暗雲がもうそこまでやって来ていて、今にも学校を覆い隠そうとしていた。  教師の解説も念仏どころか呪咀のように感じられて、吐き気と倦怠感に包まれたまま授業を終える。  休み時間に入るとすぐ前の座席に座る名前も知らない女生徒に言伝を頼むと、覚束ない足取りで廊下に出た。  階段に辿り着くまでに何度か肩をぶつけたけれど、一言謝罪の言葉を捻りだすのも億劫だった。  手摺りを頼りに一階まで降りると、春頃彼と行った保健室へと向かう。  あの騒がしい保険医の世話になることに、内心反発を覚えつつ戸を引いた。  教室のものとは違い静かに開かれた引き戸の先には寝癖すら直さない保険医が居て、気怠げに顔を上げたと思いきや私の顔を見て血相を変えた。 「……! 取り敢えず寝なさい」  開口一番そう言ったかと思うと否応なしに手を引かれてベッドに寝かしつけられた。 「……? え、あのちょっと」 「貴方自分の顔を鏡で見た? 酷い顔よ? いったい何があったのよ?」  先生は手鏡を私に押し付けるとガサガサと忙しなく引き出しをあさりはじめた。  私は訝しく思いながらも鏡に映る自分の顔を見やった。 「……確かにこれは酷い顔ね」  比喩ではなく死人のような顔色で目だけが爛々と輝いている。  その容貌は死人というより狂人というほうが相応しいでしょう。  あまりに醜悪な表情。  これが、私。 「取り敢えず、サプリメントでも飲みなさい。……はい、これ。それで飲んだらすぐ寝なさい。眠れないなら眠剤特別に出してあげるから。詳しい事情は後で聞かせてもらうから。ほら、早く」  先生は呆然と鏡を見ていた私から手鏡を引ったくり、何種類かの錠剤と水の入ったコップを手渡して私を急かした。  私は殆ど何も考えることが出来ず、言われるがままに従った。  倒され込むように横になり、布団を被せられた。仕切りのカーテンがサッと引かれて、私を照らす光量が減る。  考え事をする暇もなく睡魔がやって来て、私を夢の世界へと誘った。
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