第三章:悪意の理由は善意

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 いつもの夕暮れ、いつもの帰り道、そして……いつも通りではない私の隣。  微笑みを絶やさないその表情筋は凝り固まってしまっているんじゃないかしらと疑わずにはいられない。常に笑顔は疲れない? と尋ねたい衝動を抑えつつ、口に蓋をして歩き続ける。  私は近松さんのことなんかどうでもいいから、この程度の沈黙など微塵も辛くはないのだけれど、煩わしいのは否定出来ない。  気を紛らわせようと、携帯電話を取り出して液晶に視線を落とした。  夏以降、母との間でしか使われていないメール機能。  夏休みの終盤にあった夏祭りのとある一件以来、私は彼とメールはおろかまともに顔を合わせてすらいない。  夏休みが明けてからもそれは同じで、通学路で会っては顔を俯かせ、学校では話掛けられる前にそそくさと教室を立ち去り、彼の気遣うようなメールを受け取っても返事を書いては消してを繰り返して未だに返せずにいた。  私はどうしてしまったんだろうなんて、そんな馬鹿げた問いなどせずとも答えは出ていて、それに対する私の想いも定まっているのに、いざ決心しては尻込みしてしまって……。  そのくせ、彼が休んでしまうと迷子の子供のように狼狽えて、強く会いたいと願う。  なんて、意気地のない。  そうして悩んでまごついて。  私は自分がどういう存在だったかを思い出して、報われることのないことを今更実感した。  私は卑怯で臆病で、そして穢らわしい罪人の子なのだから。
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