第三章:悪意の理由は善意

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「相沢さん?」  呼び声に気付いて、ハッと顔を上げたら近松さんが私の眼前で、調子を窺うような表情を浮かべていた。  あまりの顔の近さに私は反射的に身を引いてしまい、近松さんに訝しげな眼差しを向けられることになってしまう。 「……大丈夫?」 「ええ、大丈夫。大丈夫よ」 「今日はよくぼーっとしてるけど調子悪いの?」 「そう、かしら? ……そうかもね。悪いけど、今日は早く帰らせてもらうわね。折角、帰りに誘ってもらったのに」 「……ううん、別にいいの。それじゃ相沢さん。相沢さんはそっちでしょ? 私はそこだから」  私がこの街に来た春、彼と別れたT字路を超え、そこからさらに少し行った先の分かれ道を直進すれば私の家なのだけど、彼女の指は左を差していた。  そして。  彼女が指し示した先は、  ――忌むべき惨事が起きた一件の家屋だった……。
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