第一章:鏡の中の鏡

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◇ ◇ ◇  僕は走っていた。今日は僕の誕生日。誕生日ケーキに差す蝋燭の数がとうとう二桁となり、表面の穴ぼこが気になりだす歳である。  僕は胸を高鳴らせ、帰路を駆け続けている。家に帰れば笑顔で祝福してくれる両親に妹、ずっと待ち望んでいた新作のゲームソフト、甘い甘いチョコレートの誕生日ケーキが僕を待っているのだ。  切れ切れに息をしながらも走り続け、口の中が血の味でいっぱいになった頃、ようやく家に着いた。  肩で息をしながら見た我が家の玄関は、何故か扉が無用心に開け放たれていて、僕は子供心にも違和感や異変を感じ取った。  僕は何となく抑え気味の声で「ただいま」と呟いて、ゆっくりと家の中に足を踏み入れた。 ◇ ◇ ◇  日も昇り切っていない朝方、規制が掛かりそうな奇声を上げて僕は目を覚ました。  冷や汗が今も滝のように流れていて、体中がべたついて気持ち悪い。当たり前だがナイアガラの滝を彷彿させる程ではない。  閑話休題。布団を蹴って、その他諸々して風呂場に駆け込む。  蛇口を捻ると、飛び上がりそうなくらいの冷水を頭から被ることになった。  お湯を付け忘れたなと他人事に考えつつも、寒さに耐えながら全身の汗を洗い流す。  冷水ですっかり鮮明になり落ち着きを取り戻した頭で先程恥体を曝した、原因足るものを振り返ってみた。  幼き日の思い出、思い出? トラウマ、かな。あれは僕が変わってしまった日のこと。僕が初めて非日常との邂逅を果たしたあの日。  僕はあの日の出来事をたまに夢で見て、自ら忘れた記憶を取り戻し、奇声を上げ、冷や汗を流して、そして震える。  僕はあの日を境に生まれ変わって、遠峰空は遠峰空となって遠峰空でなくなった。  簡単に言うと、極めて善良な一般人から生に異常に固執し、執着し、縋り付く異端者となったということだ。  けれど、異端者の僕は一般人の皮を被って、今日も社会の中で息を潜めている。  風呂場の格子越しに空を見上げた。僕の胸中と反して爽やかな春の空模様だった。
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