第三章:悪意の理由は善意

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 ◇ ◇ ◇  意識の途絶えた彼女から離れ、私はのろのろと立ち上がる。 「櫻井さん……」  スタンガンで意識を寸断され、時折身体をびくりと痙攣させる彼女を痛ましそうに見やりながら、彼はぼそりと呟いた。その表情にはいつもの彼らしくない。 「拉致監禁した相手のことを心配するなんて、随分とお優しいことね」  内側に燻るドス黒い嫉妬の炎に焼かれ、堪えきれずに皮肉がつい口から漏れ出る。その言葉に、彼はどこか悲しそうに笑った。 「どうしてだろうね。宙、確かに君の言うとおり彼女は僕を拉致監禁した。けれど、彼女の僕に対する行動には慈しみめいたものが込められていて、無下には出来なかったんだ。彼女はどこか懸命だった。まるで、何か恐ろしいものから僕や自分自身を守ろうとしているようだったんだ」  思い出しながら虚ろに語る彼を尻目に、私は彼を縛る縄を解き始めた。  固く閉じられた結び目はいっこうに解ける気配がなく、縛られた彼の手首には縄目が強く残っていてその周りが赤く腫れ上がっている。  解くのを諦めて折り畳みのナイフを取り出し、縄を切る方針へと変えることにした。 「犯罪者の考えや行動なんて、理解出来るものではないわ。そう……、理解出来るはずがないじゃない」 「それでも、僕は」 「ん……。ほら、切れたわよ。さっさと立ちなさい。こんなところ早く出て、帰りましょう」 「黙れよ、人殺しの娘」  背後からの声に振り返ると同時に首に手を掛けられ、勢いよく壁に押し付けられた。声が出ないほど強く背を打ち、口から息が吐き出された。  眩暈と吐き気に苛まれ噎せ返る私に、容赦なく、首に掛けられた手が咽喉を絞め付ける。 「……!? …………っ!」  あまりに突然の出来事で理解が及ばない。ただ、私の首を絞める人の深い憎しみが腕を伝って感じられた。 「……ち、かま、つさん?」  ぬっと、私の視界を覆った彼女の顔は憤怒と憎悪で塗り固まっていた。  ふわりと金髪が舞い上がった。
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