第一章:鏡の中の鏡

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 宙は機能を停止させた機械のように微動だにしなかったが、やがてゆっくりと振り返ってこちらに歩み寄ると、僕をソファの端に追いやって隣に腰を降ろした。 「「殺風景で何もない部屋だ」」 「ろ?」 「ね」  予定調和の如く言動をほぼ一致させた僕らは、もはやこの情景が日常の一部となりつつあることにある種の諦めを感じ、揃って溜め息を漏らした。  僕はそのまま沈黙を背景にソファへゆっくりともたれ掛かりながら、天井を見上げる。数年前から替えていない電球がチカチカと点滅し、瞳を刺激した。瞼を開閉させて対抗してみたが、目が痛くなってきたので視線を宙へ移行する。  何故かぼーっと僕を見ていて、半ば目の焦点が合っていない。数秒後、はっと気が付いた宙は慌てて目を逸らすこともせず、逆にじっと覗き込んできた。普通、ここは慌てて目を逸らすところだぞ、と漫画の一般常識を押し付けようとアイコンタクトを図ろうとしたら、目を逸らされた。 「で、結局何しに来たわけ? このまま居たって何もないし、何も出ないぞ」 「そうね、何もないことには同意する」 「そういうことはオブラートに三重くらい包み込んで話すべきだと思う」 「私、直球だけでメジャーリーグを目指しているの」 「……あっそ」  一方的な言葉の蹂躙に少なからぬ憤りを感じ、文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、それが無益で無駄な行為であることを悟ったため、不満を溜め息とともにたっぷりと吐き出した。 「ドッペルゲンガーと出会ったら死ぬそうだね」  会話の糸口が見付からず、なんとなく口を開いて出た言葉がこれだった。 「聞いたことあるよ。けど、どういう結果になるんだろうね。私からすれば君がドッペルゲンガーだし、君からすれば私がドッペルゲンガーになるわけだから、私達のどちらかが死ぬのかあるいは二人とも死ぬのか。不明瞭な点が多過ぎて信ずるには至らない話だけどね」  宙はそんな話題に乗って、持論を饒舌に話した。割と取り留めもない話だったのだが存外食いついてきて呆気に取られた。 「でも、もしどちらかが死ぬのなら、きっと私が死ぬべきなんだろうね」  間を置いて、色のない表情で唐突に呟いた宙に僕はどういった対応を取ればいいかわからず、黙り込んだ。 「ごめん、変なこと言って。今日はもう帰るね」  状況の飲み込めていない僕を余所に、宙は一方的に別れを告げ部屋をあとにした。
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