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◇ ◇ ◇
「……くん、空くん、空くん!」
「ん……、誰ですかお姉さん?」
「きゃー、お姉さんだってぇーっ!」
柔らかなまどろみの中から目を覚ますと、ふわっふわの黒髪をした大人っぽい美人のお姉さんが奇声を上げてはしゃいでいた。
なんなんだ、いったい。
落ち着いて自分の状況を見渡してみると、真っ白なベッドの上で横になっていた。
消毒液の匂いが鼻腔をくすぐる。え、病院?
「ちょっと、ちょっと~。まさか、空くんったらあたしに惚れ直しちゃった?」
ぐふふという笑い声が似合いそうな、にやけ顔で僕の顔を覗き込んでくるお姉さん。あれ、この顔、声、どこかで……。
「先生嬉しいな~」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、僕の髪を撫で付ける。あ……?
「え、もしかして先生?」
「正解、正解、大っ正解~っ!! ある時はこの病院の美人院長、ある時は高校の保険医、ある時は空くんの精神科医、その名は名探偵コナ」
「すびしっ」
「あいたっ!? ごめん、ごめん。本当は空くんの恋人、山口葵先生だよ。きゃぴっ!」
「すびしっ」
「あいたっ!? 間違ってないじゃん!」
「間違ってるし、有り得ないし、きゃぴっ! は止めてください、先生」
相変わらずしんどいキャラしてますね。それにしても何故こんな状況になったんだろう。
「あ、それね。空くんが学校に来ないからおかしいなぁと思ったから、家に窺ったのよ。じゃあ、あらびっくり! 空くんがお風呂場で全裸で倒れてるじゃない。あたしは込み上げる情欲を十分による格闘の末に押さえ込んで、うちの病院まで運んだわけさ」
「えっと、何処から突っ込めばいいんだろう。取り敢えず、どうやって家に入ったんですか?」
僕の問い、もとい糾弾に対して先生はふふん、と薄い胸を誇らしげに張った。
「それは愛のパワーよ。愛鍵よ」
「いつの間に、家の鍵を!? この、犯罪者」
「そう、時に深過ぎる愛は罪と成り得るのよ」
「上手いこと言ったつもりですか!」
この後、看護婦に咎められるまで、僕と先生のやり取りは続いた。
悪夢のこととか、学校のこととか、どうでもよくなるくらい僕は騒ぎ立てた。
ああ、今日も忌ま忌ましいくらい、いつも通りの日常のようだ。
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