序章:鏡に向かってこんにちは

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 焼きそば噴いた。  比喩表現でもなんでもない。焼きそば噴いた。大事なことだから二度言わせてもらった。  で、何故焼きそばが華麗に宙を舞うことになったのかは、順を追って説明しなければならない。 「転校生を紹介する」  六限目が終わり、ようやく放課後といったところで、小説の冒頭の常套句のような言葉が担任の口から零れた。  僕を含む教室の誰もが動きを止めて、担任へじっと訝しむような眼差しを向ける。何言ってやがるこの野郎、と。  転校生? 今は放課後ですよ? タイミングが明らかに違うでしょ、それ。寝言は寝て言いやがれ。と皆は誰もが思ったに違いない。 「そんな目で見ないでくれ。なんでも寝坊して、今来たところらしい」  担任の補足説明が、生徒達の間に剣呑な空気を作り出す効果を発揮する。次にふざけた言葉が出れば、生徒達は一瞬で暴徒と化すだろう。  それにしても、けしからん転校生だ。この時間のルーズさは僕に匹敵する。そんな考えを抱きつつ、放課後のために残しておいた焼きそばパンをもさもさと貪る。  教室内の空気を嗅ぎ取った担任は自分への不信、不満が募るのを避けるため、慌てて教室の外へ声を掛けた。  それが聞こえたや否や扉が開き、一人の少女が早足で教室に入ったかと思うと、教壇上に仁王立ちした。 「寝坊してしまいました。すみません、私低血圧なもので」  成る程、最近の低血圧の方は日が落ち始めた頃に目覚めるらしい。  それにしても悪びれる様子がまったく――ぶはっ!?  焼きそばが宙を舞う。前の席に座る生徒の頭に不時着した。……気付いてないようだし、黙っておこう。  彼女の顔立ちを見て瞬き。目を擦ってもう一度その顔を拝む。鏡を見ているようだ。僕の顔をした女の子がそこにいた。  いや、幻覚だろう? もう一度目を閉じて見直せば幻覚は消えている筈だ。  ……おおぅ。  僕が性転換したらああなるんだろうな、とか他人事のように考えて自身の動揺を誤魔化そうとしていたら、偶然彼女と目が合った。 「……」 「……」  見詰め合うこと数秒。能面のような顔をしていた彼女の瞳が徐々に驚きで開いていく。 「「ドッペルゲンガー」」  僕と彼女が計らずとも声をシンクロさせることに成功した。悪い夢を見ていると思いたかった。
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