第一章:鏡の中の鏡

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「それにしても、気付きませんでした。先生は僕の担当医をしていた時だってずぼらな格好をしていたのに、今日に限って別人みたいに身嗜みを整えているんですから」  僕の軽口と反して、先生の表情は至って真剣だった。“医者”の顔だ。いきなり切り替えが早過ぎますよ。 「今日以外に“アレ”を見たの?」 「二日ぐらい前に一度だけです。今日ほど酷くはありませんでしたが」 「……そう、か」  先生は重々しく顎を引いて、何か考えるように腕を組んだ。と、思った瞬間、先生はぱっとシリアスモードを解除して、いつものだらし無い笑顔を浮かべた。 「とりあえず、空くん今日は病院にお泊りね。二、三日すれば帰っていいから。さーて、あたしも久々に本業に勤めようかな。今晩から空くんに密着二十四時ね! あー、テンション上がるわーっ!」  今晩は焼肉だと教えられた子供のように先生ははしゃいでいる。ってかまんま子供じゃん、独身(32)だけど。 「学校の保健室はどうするんですか? というより、今までどうやって医者と保健医の兼業を……」 「あー、代わりの奴寄越すから大丈夫よ。それはね、私はこの病院じゃ、大老みたいなものなのよ。立ち位置は臨時の最高権力みたいな? 別にあたしがいなくても機能するように出来てるのよ、この病院。そういう風にあたしが勝手にシステム弄ったの。田舎の病院なんだから、構いやしないわよ」 「……適当ですね」  呆れ度数百パーセントで言ってやったのに、先生は気にも留めずに暢気に鼻歌を歌っている。こんな院長が経営する病院が潰れていないのが不思議で仕方なかった。 「あ、そうそう。空くん呼び方変えてくれない? 先生、先生じゃ他の先生と変わんないじゃん?」 「じゃあ山口先生で」 「むー、捻りがないな~」  とは言いつつも、にひひと歳不相応に笑う山口先生。そんな嬉しいかね、こんなことが。  ひとしきり悶え終えると、山口先生は急に艶かしく舌なめずりをして怪しい笑顔を浮かべた。 「うふふ、今夜は眠れない夜になりそうね」 「おやすみなさ~い」
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