第一章:鏡の中の鏡

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 それから黙って宙の様子を窺っていると、先程の回答を求めているようだった。  面倒だ、適当にはぐらかしておこう。 「あー、ほら。センチメンタルな気分になったからサボっただけだよ。残念だったね」  それをきいた宙はじーっと僕の目を覗き込んだ後、深い溜め息をついて、やれやれと首を振った。 「そうね、残念だったわー。ホント残念」  微塵も人のことを信じていなさそうな目で僕を見ながら、気だるそうに棒読み口調で呟く。 「用がないなら構わないでくれ。僕はまだ夕食を済ませてないんだ」  陰鬱そうな顔をしてわざとらしく肩を竦めてみせる。 「あーやだやだ、こういう人付き合いの悪い人は。だから友達が少ないのよ」 「はいはい、僕は友達が少ないです」  かごの中に適当に引っ掴んだカップ麺を三つほど放り込むと僕は足早にレジへと向かった。  しかし、レジには行列が出来ていて、少しチャラそうな店員が慌ててレジを打っている。  普段からちゃんとやってないからだ。 「ほんと、クズよね。社会のゴミだわ」  言い過ぎだ。そして、僕の背後に立つんじゃない。 「そういえば、ドッペルくん。事情聴取はどうだったの?」 「……何故それを知っている」 「何故かと訊ねられたら答えたくなくなるのが人の性よね」 「あっそ」  レジの店員に苛々が募ってきたところで、店の奥からこのコンビニの制服を着た中年の女性が現れ、レジ前の列が二つに別れた。  僕は迷わず中年さんの列へと移ったのだが、僕の背後にはぴったり奴が付いて来ていた。 「さっきのことだけど、何故かって言うとドッペルくんがあのおっさんを見付ける前からあそこに居たからよ」 「はぁ?」 「偶然不思議発見してね、通報するのも面倒だったから物陰に隠れてずっと誰か来ないか待ってたのよ。そしたらドッペルくんが来てびっくり!」 「……」 「そしたら呆然と立ち尽くしちゃってさ。あはは、案外ドッペルくんも正常(ノーマル)だったのね」  何を言っているんだ、こいつは? 「物騒な世の中になったものよね。だから、ドッペルくんもさ」  背骨がゆっくりと指でなぞられる感触で体がゾクゾクと震える。 「夜、あまり出歩かないほうがいいよ」  酷く無機質な声で耳元に囁かれ、僕は体を硬直させた。 「もし、出くわしちゃったら、きっと殺されてしまうからね」
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