第一章:鏡の中の鏡

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◇ ◇ ◇  荒い息遣いが聞こえる。それは全力疾走の後のような、或いは興奮した時のような、そんな息遣いが。  僕はそれに対して本能的に息を殺して、物陰に身を隠した。そしてその息遣いの主の気配を窺う。  なんとなく相手がお父さんでもお母さんでもないような気がして、怖かった。  そして、僕はそれから先のことは覚えていない。いや、正確には――思い出したくない。 ◇ ◇ ◇  ハッと目を開き、意識が急に覚醒した。目に映るのはあの日の風景ではなく、薄暗い天井と薄明るい豆電球であった。  滴る汗を拭い、体を起こしてベッドから降り立った。窓から覗く空は月の光すら遮る漆黒の闇。  ざわざわと風に揺れる木々の音だけが僕が今いるこの世界の全ての音だった。  寝室を抜け、台所でコップ一杯の水を飲み干してからリビングのソファに腰掛ける。  震える身体を抱きしめながら、ゆっくりと横になった。  僕は――。
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