第一章:鏡の中の鏡

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 夜の散歩は僕が僕である為の嗜みである、と言えば聞こえが良いだろうか。日中の騒がしさからは想像も付かない静けさ。まるで街が眠っているようで、世界にたった一人でいるような感覚が好きなのだ。  星一つ見ることも叶わない、厚い暗雲に覆われ、僕の視界では定間隔にある街灯周辺くらいしか窺い知る事が出来ない。  先日の事件の犯人が未だ行方知れずなのが気に掛かったが、僕の欲求を抑えるには至らなかった。  どうせ出会うことなんてないだろう、そういった楽観的思考に後押しされて、今に至る。  ぼんやりと街を見渡しながら歩を進める。何十分と歩いていると流石にポツポツと人を見掛けた。僕と同じような考えなのか否かは分からないけど、事件があったにも関わらず、深夜に出掛けているなんて危機感が薄いなぁ。ま、僕も人のことは言えないんだけどね。  街を徘徊してから約一時期。ぐるりと街を一周し終えようとしていたところで、ふと人影が視界を横切った。  あっという間だったが闇に溶け、夜風に靡く長い黒髪が印象に残った。  どこか見覚えがあるような気がしたが、黒髪の長髪など少し日中の街中を歩けば、どこにでもいるだろうから、おそらく気のせいだろう。  なんとなく、人影が出て来た方へ足を運び、そして曲がり角を左に進む。  すると、まぁなんということだろうか。僕は悪意にでも好かれているに違いないと思わずにはいられない。  またしても、僕の視界に映ったのは血の池にぐったりと横たわる人であったものの残骸。  壊されてからそう時間が経っていないのだろう。腹部から景気良く血が溢れ出ている。  僕はゴクリと生唾を飲み込み、辺りに誰かいないか確かめた。  ふぅ……。  どうやら誰もいないようだ。二回も現場に居合わせたなんて、先日以上に疑われ、もしかしたら容疑者として扱われるかもしれない。  静かに、そして素早く、その場から駆け出した。誰にも見付からぬように辺りの気配を窺って。  月は厚い雲に覆われ、夜を駆ける僕の姿も、闇に溶けていった。
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