第一章:鏡の中の鏡

27/43
前へ
/139ページ
次へ
 昨日は眠ることが出来なかった。昨夜の人影が犯人だと思うと堪らなく恐ろしかったんだ。犯人はまだ町を徘徊し、その手を血で赤く染め続けている。そんな死と隣り合った状況に放り出されているなんて……。  もしかしたら、僕があの人影を見たのと同じように、僕も奴に見られたかもしれない。  目撃者である僕を殺すチャンスをどこかで窺っているかもしれない。  恐ろしい。ああ、恐ろしい。  そんな中で眠れるほど僕の神経は図太くない。睡眠不足と恐怖とが混じり合って気分が悪い。  休んでしまおうか? だけど一人家に籠もるより、学生という皮を被って隠れた方が安全か? 木を隠すなら森の中、か。  うん、そうしよう。その方が絶対いい。殺されるなんてごめんだ。  死ぬんなら僕以外の奴が死ねばいい。ごめんだ、人を殺したいならどこか別のところでやってくれ。僕を巻き込むな。寧ろ、死ね。お前が死ね。もし、僕を殺そうっていうのなら、殺される前に殺してやる。 「うっ……」  吐き気が込み上げてくる。殺しなんてごめんだ。いや、殺す。嫌だ、殺したくなんかない。僕はアイツみたいにはならない。  殺す、殺さない、殺す、殺さない、殺す、殺さない、殺す、殺さない。 「うっ、ううう、うおぇっ」  胃液が上ってくる。く、薬。  ガタガタと、棚の中を乱暴に探り薬を取り出した。一錠……取り出すが手が震え、地面に取り零してしまった。  もう一つ……取り出すがまたしても落としてしまった。  薬の瓶を振り、右手で纏めて沢山受け、強引に口の中に押し込む。  かなりの薬がバラバラと床に転がったが何錠か、口に含むことが出来た。  震える手で水道から水をコップに汲んで、薬を飲み込んだ。  口の端から溢れた水が垂れるがそんなことを気に掛けている余裕はない。  ごくごくと喉を鳴らし、薬を体の奥へと押しやった。  薬を飲み込んだ安堵感から、力が抜けて床に倒れこむ。  粗い息が洩れ、心臓が激しく脈動する。眩暈と酷い頭痛が僕を苛む。  顔を両手で覆い、収まるのをひたすら待った。  しばらくすると、症状が収まりぼんやりと頭が機能を取り戻していくのを感じる。  壁を支えにしてゆっくりと上体を起こした。  荒れた部屋を一瞥し、揺らぐ体に鞭打って立ち上がる。  机に置かれた鞄を取って、ふらつきながら家を出た。
/139ページ

最初のコメントを投稿しよう!

427人が本棚に入れています
本棚に追加