序章:鏡に向かってこんにちは

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「あら、そんな偽善事業は頼んでないのだけれど」  心底嫌そうな口調だ。本当に何様のつもりなのだろう。 「こっちだって嫌々やってるんだからな」 「「あははは」」 「「…………」」  対抗して言葉の端々に刺々しさを含めてやる。あまりに苛ついて笑いを漏らしたところで、再び相沢と被った。まぁ、勿論顔はいつも通りの能面だが、……相沢も。黙り込むタイミングもバッチリだった。 「「それじゃあ帰りま」」 「すか」 「しょうか」  思わずお互い頬を引き攣らせる。なんだ、こいつは? きっと頭の中もシンクロ中だろうな。 「「はぁ…………」」 「「欝陶しい」」  優良なる人間関係の形成には、会話によるコミュニケーションが最も容易で最も適切である。  別に誰かの格言じゃないよ。今、僕が考えた。  閑話休題。それにしても相沢とはなんとも会話し辛い。喋ったら被るもんなぁ。  会話すれば、余計人間関係悪化しそうだしね、僕ら。  とは言ってもこの気まずい空気のまま帰宅するのも、心苦しい。  っていうか帰り道どこまで一緒なんだよ。家まで近いのか? おいおい、勘弁してくれ。 「「家どっち?」」  二人同時に数メートル先のT字路を指差す。同じタイミングで、むっと眉を吊り上げる。そして、それがまた僕らの不快感を高めあう。  僕らの感情、デフレスパイラル。なんか、小説のタイトルになりそうな名前だ。  で、どっちかって言うとだな。せーの、 「「そっち」」  ほら、また被っ…………てない。被ってないだと? お互い目をぱちぱち。瞬き瞬き。指差す方向が真逆!? 非常に好ましい事態なのに予想外過ぎてお互い面食らう。いや、でも家くらいはそうじゃないとね。  ふぅ……。思わず安堵の溜め息がこぼれてしまう。これは勿論被ってしまったのだが。  そうこうしているうちに、分岐点までやって来た。僕らはさっきまでの態度とは一変して、名残惜し気な表情を…………する筈もなく、刑期を終えて刑務所を出た人間のような清々しい表情を浮かべる。僕らは心底別れを喜んでいるのだ。
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