序章:鏡に向かってこんにちは

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「「それじゃあ、会いたくないけどまた明日」」 「相沢さん」 「遠峰くん」 「「うぐっ……」」  お互い苗字を聞いた瞬間、苦虫を噛み潰したような顔をした。 「「苗字は嫌いだから」」 「「ソラ(空/宙)で」」  むぅ……。苗字を避けてるとこまで被るのか。質問タイムの時、若干しかめっつらだったのもこれが原因なのか。  まぁ理由はプライベートに踏み込む議題となる可能性が否めないので、そっとしておこう。僕だって答えたくないし。 「「では」」  お互い背を向け我が家へと歩みを進める。  ふと、振り返ってみれば相沢……いや、宙の長い黒髪が風に靡いていた。  艶やかに踊るそれはどこか見覚えのある光景だった。それがいつのことかは分からないのだけれど。  ああ、懐かしの我が家。いつもより帰りが遅くなったので、心なしか拗ねているように見える。嘘です、ただのボロアパートです。僕が帰りが遅いのを寂しく待っていたのではなく、単に外観がボロ過ぎて寂しく見えるだけです。  みすぼらしい階段を上がり最上階へ。最上階といっても二階までしかないけど。そして真っ直ぐ一番奥に位置する二○四号室へ。  扉を開いて玄関に入る。すると僕を猫のように慕う妹が出迎える。  筈もなく、閑散としているのが少し寂しい。妹はあの日以来親戚の家でお世話になっているので、この家に住むのは僕一人っきりなのだ。  両親もあの日以来、遠くに行ってしまったので僕を出迎えることはないだろう。そう……、遠くにね。  こんな独白の間に着替えも食事も風呂も終えてしまう。  描写してもつまらないだろうから、割愛させて頂きました。僕のシャワーシーンをこんな序盤で見れると思ったら大間違いだ。  需要はある筈だ。僕と宙は顔が同じだから、シャワーシーンで僕の下半身を隠してしまえば、髪を短くして胸の薄くなったバージョンの宙のシャワーシーンと同義だ。  これぞアイデアの勝利っ!  ……うぉえ。自分のシャワーシーン想像してしまった。ってか宙のシャワーシーンも自分と同じ顔だと全然興奮しない。ってか萎える。  なんだか今日は思考が乱れ過ぎだ。ドッペルゲンガーと出会ったことで、実は結構動揺したのだ。  今日はあまり考えすぎないで早く寝よう。 「おやすみ」  一人ぼっち、真っ暗闇でぼそっと呟いてみた。返事は返ってこない。当たり前だけど。
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