第二章:好意と憎悪は紙一重

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 ぐいぐいと引っ張って、ぐんぐんと突き進む宙。僕はたたらを踏んで為されるがまま。  周囲からの好奇心に満ちた視線や、奥方の「あら、やだ。若いっていいわね、おほほ」光線がザクザクと刺さって、穴があったら入りたい。  公開処刑の執行人は素知らぬ顔でまったくの無表情である。恥じらいはないのか? ああ、大和撫子は何処に……、と怒鳴り付けたい次第だ。  閑話休題。  精神的サンドバックはもう耐えられませんっ! ので、 「、ちょ、待て、待てって! 無理、もう無理っ!」  羞恥心がめりめりと僕の胸をぶち破りそうになったので、思わず叫びながら無理矢理宙の暴走の制動を試みる。 「きゃっ」  宙の口から、普段からは想像出来ないような可愛らしい悲鳴が上がる。  それから宙は細い腕を擦りながら、仏頂面を浮かべる。 「腕が痛いわ」 「あ、ごめん……」  思わず反射的に謝ってしまう。そんな様子の僕を、宙はジッと見つめてから小さな溜め息をこぼした。  スッと宙の手が離れ、ひんやりとした心地よさが失われた。自分からそう促したにも関わらず、僕はそれを少し残念に思った。  宙はそんな僕の心境に意も介さずにずんずんと先へ進んでいく。  その背中には、無駄口叩かずに付いてきなさい、と書かれているような気がして、僕は宙から数歩離れた位置で付き従った。 ◇ ◇ ◇  僕は物憂げな気分で帰宅した。 「ただいま」  普段はそれに返ってくる答えはない。だが、 「おかえりっ! にーちゃん!」  今日からは喜色満面の妹が出迎えることになってしまった。  だが、妹の視界によからぬ者を映ってしまい、その表情が凍り付く。 「ねぇ、にーちゃん。なんでそいつがここにいるの?」 「ホント、なんでだろうね」  妹の視線が僕と宙の間を行ったり来たりする。僕には咎めるような視線を、宙には噛み付くような視線を。  僕はそれに気付かない振りをしてリビングに向かった。  それからソファーに腰を降ろす。キッチンでは宙がさも当然のように夕食の準備を始め、妹はその後ろ姿を憎々しげに睨み付ける。  どうしてこうなった。  僕は頭が痛くなる思いで、その光景をぼんやりと見つめた。
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