第二章:好意と憎悪は紙一重

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 オンボロアパートのベランダに出て、夏入り前の生温い夜風に当たる。  そよそよと微風に当てられ、微妙に涼しいんだか涼しくないんだか複雑な気分を現在進行形。  ふと、夜を照らす十六夜月をぼんやり見上げる。  昔の偉人達は「月が綺麗ですね」をアイラブユーと解釈したりしたらしい。僕にはそんな高尚な文学的思考は持ち合わせていないから、どーでもいいことなんだけどね。偉人すげー、とか思えばいいのかな? 「シャワーありがと」  背中から声を掛けられて小さく振り替えれば、ダボついた囚人パジャマに身を包んだ宙が髪を後ろに結って立っていた。 「やぁ」 「お、おぅ……」  見慣れないパジャマ姿とか、ちらりと見えるうなじとか、火照って朱色の差した頬とか。  いつもと違う宙を見て、心臓がバクバクと激しく脈打って、純朴少年みたいな反応をしてしまった。不覚。 「はい」  宙は両手に持った炭酸飲料の片方を僕に手渡すと、ドサッと僕の隣に腰を降ろした。  それからプルタブを引っ張り、プシュッ! と小気味の良い音を響かせたかと思うと、缶を口に傾けてごくごくとそれを流し込んだ。 「ん、おいしっ」  小さく、優しい吐息を零して口元を緩めた。その唇を見つめていると、ドキッと心臓が高鳴った。 「うん。やっぱりお風呂上がりの炭酸は最高ね」 「僕はまだ入ってないけどな」  憎まれ口を叩いてから、僕もジュース缶に唇をつけた。  しゅわしゅわと炭酸が僕の喉を擽り、僕の中の何かを溶かそうと食道を邁進する感覚がとても心地好い。 「綺麗な月ね」 「満月よりも遅く、躊躇うように出てくる控え目さが趣深いんだろうね」  そう言ってから、月を見上げる宙の横顔を覗き見た。宙の顔は先ほどよりも心なしか火照っていて、顔どころか耳まで薄い赤が差し込んでいるように見える。  口元だけ薄く微笑んで、だけど目が不自然に泳いでいて、服装や髪型のせいもあるだろうけど、いつもの宙にはまるで見えなかった。 「空」 「ん?」 「顔をまじまじと見られるのは、いささか恥ずかしいのだけれど」 「えっ、あ、ごめん」  そんなにまじまじと見つめてしまっていたのか、と指摘されて僕の頬まで火照ってきた。  宙の熱に当てられたか、単に宙に見惚れていたことを悟られて照れたのか、僕の胸中は明らかではない。
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