第二章:好意と憎悪は紙一重

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 放っておくと、昼ご飯まで作ってしまいそうだったので、僕は宙を連れ立って蝉の鳴き声が酷い夏空の下へと繰り出すことにした。  それにしても暑い。炎天下というものだろう。籠もった湿っぽさや熱気がいつまでも周囲を渦巻いているようだ。木にへばりついている蝉がころころ死ぬんじゃないかと思う程で、その延長で人もころころ死んじゃわないかなぁと思った。あ、嘘です。  そして、この死にたくなる暑さの一因を担っている彼女もまた額に汗を浮かべて、ただでさえ死人のように白い顔が青白くなっていた。 「……暑いわ」  なら、組んでいる腕を離せ、と言えないのがまだ大人の階段を上っていない男子高校生の悲しい性である。  しっとりと汗で湿った肌が重なりあって、気持ち悪いような、気持ち良いような、宙ぶらりんな感覚に陥る。……別に宙の名前と掛けたわけじゃない。  ふと、僕の視線に気付いた宙が熱をたっぷり染み込ませていそうな髪を掻き上げて、意地の悪い笑みを浮かべる。 「嫌だったら振り払ってもいいのよ?」  全然そうさせる気がない癖に。振り払ったら、「もぉ、空ったら照れちゃって。きゃはっ」と無表情で白々しく気持ち悪いことを言うに違いない。  なので、僕は宙の手を振り払った。 「もぉ、空ったら照れちゃって。きゃはっ」  うわぁ、ホントにやっちゃったよこの人。  どん引きしている僕を尻目に、宙はくふふと笑うと機嫌が良さそうに目だけを細めた。  それだけで何か皮肉を言ってやろうと、活動していた脳が休止して、僕はぼんやりと思考を彷徨わせた。  宙と出会ってから、僕の心のバリアが弱くなってしまったのではないだろうか? 空き部屋だったそこに不法侵入よろし、づかづかと土足で無遠慮に入り込まれてしまっている。  僕は悪意を呼ぶフェロモンを振り撒いているから、誰とも仲良くならないといけない筈だったのに。  きっと、宙も降り掛かる悪意にやられてしまうだろう。可哀想に、ああ可哀想に。  僕だけでなく、他人を守るために張ったバリアはもうない。僕に宙を追い払う術はない。  人の熱を思い出してしまったから。その甘美な優しさに触れてしまったから。  だから、宙がいつの日か現れる悪意に損なわれるその日まで、僕は宙とともに過ごそうと思う。  傷付き、傷付けられ、僕らは損なうのだ。
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