第二章:好意と憎悪は紙一重

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 鈍い音が響くのと、ほぼ同時に視界で火花が咲いた。  口端が切れて口内に鉄の味が広がる。頬はじんじんと痛み、勢いのままに捻られた首はゴキリと嫌な音を立てて、強く捻られた。おそらく鞭打ちになっただろう。  ひっ、と妹が息を飲む声と、「貴方、どうして……」と驚いたの宙の声が耳に届き、飛び掛けた意識をなんとか手繰り寄せる。  零れかけた涙を堪えて、ギリリと歯を食い縛った。 「先に殴ったのはお前だからな」  汝、右頬を殴られたら、相手の左頬に三倍返し。  我が家の家訓に従い、右の拳を強く握り締め、全力でタラちゃんの左頬にぶん殴った。  家訓は嘘だけど。  不意を突いたからか、ひ弱な僕の一撃でもタラちゃんはよろめいた末に、尻餅を付いた。それにしても左頬ばかり狙われて可哀想に。  もし、僕がその立場ならと思うと同情に値する。が、それはそれ、これはこれ。  怪我人の僕を労らず、更に女性に手を振るおうとしたタラちゃんの罪は重い。砂浜に座り込むタラちゃんの胸を立て続けに蹴り飛ばし、仰向けに倒れたところで、両腕を膝で押さえ付けて馬乗りになった。  僕を見るタラちゃんの瞳に怯えが浮かぶ。異物を見たような、そんな視線。  その目が、僕の中にある何かを切った。  拳を落とす。  拳を落とす。  拳を落とす。  傷付いた左腕のことなどお構い無しに、ただただ一方的な暴力を続ける。  切れた瞼から流れ出る血と、涙が混ざり合って、それが頬に赤い筋を作ったところで、振り上げた右の手首を掴まれた。 「もう、やめて」  細く搾りだしたような制止の声で、僕は我に返る。  僕が拳を振り下ろそうとした先には、鼻が折れ、顔が腫れ上がり、血で化粧をした凄惨な顔付きの男がいた。  喧騒が辺りを覆い尽くし、視線の砲火に晒される。  ああ……またやってしまった。
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