第二章:好意と憎悪は紙一重

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「汚された……。僕は純潔とともに大切な何かを失ってしまった……」  僕の言葉では言い表わせない感情が、その捌け口を求めて身体の隅々まで駆け巡っている。  その得体の知れない感覚に苛まれ、ありとあらゆる気力が根こそぎ刈り取られ、先生から僕達三人が車で家まで送り届けられて以降、僕は死んだように四肢を投げ出していた。 「こんにゃく畑でフルーツ取れたらこんにゃく畑じゃなくてフルーツ畑だろこのバカ野郎がぁ……」 「馬鹿言ってないでそこを退きなさい。ほら」  ととん、と爪先蹴りで二回。僕の腹部を蹴り飛ばし、無様にのたうち回る僕を横目に、宙は机に夕食を並べていく。  腹を抱えてくの字に折れ曲がる僕を見るだけで宙も、さらには妹も欠片も心配してくれない。  帰ってから二時間もこの調子だから、いい加減呆れられたのかもしれない。 「ちょっ……と、宙さん。鳩尾に入りましたよ」 「いつまでも腑抜けている空には良い薬よ」 「だって……、顔中舐め回されたんだぞ!」 「「!」」  宙と妹が石化する。ほらみろ。流石の僕も戦慄を覚えたくらいだ。鳥肌の大安売り、大バーゲンだ。僕の尊厳みたいなものが先生に吸い尽くされたのだ。実際、見たらどん引きものだよあれ。お姉さんも引いてた。 「にーちゃん」 「ん?」  妙に低く、威圧的な声で妹は僕を呼ぶと真剣味のある瞳で真っ直ぐに僕と視線をかち合わせた。 「舐められたってどこを?」 「あ、うぇ、えっ……と? だから顔中隈無く……」 「具体的には?」 「でことか、頬とか、鼻とか、耳とか、……目とか」 「「目!?」」  ああ、眼球舐められたとかそうそう経験するもんじゃないぞ。 「そ、それはひとまずおいとこ。うん。あたし、なんにも聞いてないから」 「露骨に気を遣うな。いたたまれなくなるから」 「空、いつかいいことあると……いいわね」 「慰めですらない希望的観測!」  もしかしたらこの調子で先生に僕のなにもかもを奪われるんじゃないかと、一瞬想像してしまった。う……、ありそうで怖い。
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