第二章:好意と憎悪は紙一重

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「それで……、他はどこを舐められたの?」 「え」 「だから、他にどこを舐められたの?」 「え、いや、それだけ……」 「……そう」  宙はホッと安堵したように息を吐くと、ソファーに深く腰掛けた。  が、ふと何かを思い付いたのか急に腰を上げ、僕の方へ振り返ると、嫌らしい笑みを浮かべて床に転がる僕の腹の上に足を乗せた。ジワジワと体重を掛けて、足を沈み込ませていく。勿論、それに比例して痛みを伴うわけで。 「なにをする」 「私、感謝してるのよ? 貴方がナンパ男から助けてくれたこと」 「仮にも感謝してるなら、足を退けてくれ。それにあれは過剰防衛どころか、ただの暴力だろ」 「それは否定出来ないけど――、それでも私は叩かれずに済んだのだから、世間にどう思われようと私にとっては貴方が助けたことに変わりはないのよ」 「……そっか。ありがとう足を退けてくれ」 「礼を言うのは私の方よ。何故貴方が言うの?」 「言いたいから言っただけ。気にするな。足を退けろ」 「……そう。貴方らしいってとこかしらね。ありがとう、空」 「ああ。足を」 「イチャイチャやめーっ!」  妹が癇癪を起こしたかのように声を張り上げ、宙の腰に絡み付いた。 「くーき読んで黙ってたらいつまでもイチャイチャしてぇ! あたしのにーちゃんを毒牙に掛けるなっ!」  ガルルと噛み付かんばかりに宙を威嚇している。妹の八重歯がキラリと光り、本当に肉食獣のようだと場違いにも感心してしまう。 「にーちゃんもにーちゃん!」 「へ?」  怒りの矛先が唐突にこちらへ向く。 「にーちゃんはいっつも心配させるようなことばっかりして! 海に行ってけーさつのお世話になるなんて有り得ないでしょぉ! 馬鹿なの? にーちゃん馬鹿なの?」 「え、ちょっ」 「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」  ガブリ、と妹の鋭い歯で何度も何度も腕を咀嚼される。肉に深々と刺さって、少し腕に血が滲んだ。 「あたしもそこの泥棒猫もすっごい心配したんだからねっ!」 「は? いや、私は別に……」 「にーちゃんが捕まったらどーしよって思って、二人で一生懸命けーさつかんのお姉さんに話てむふっ!?」  妹の口を塞ぎ、「喋り過ぎよ」と呟いた宙の頬は微かに赤い。 「え? もしかして、それで怒ってたの?」  ――答えの代わりに、鳩尾を強く踏み躙られたことは言うまでもない。
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