第二章:好意と憎悪は紙一重

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「アタシが真面目に仕事するのもサボるのも全部君に関する時だけね」 「さらりと自分の怠慢を人のせいにしないで下さい」 「あはは、君の魅力がアタシを駄目にしちゃうのよ」 「はいはい」 「さて、君がアタシの将来の義妹さんよね? アタシは山口葵、貴方の義姉さんになる女よ。よろしく」 「まずは、先生の頭を治療した方がいいんじゃないかと思います」  先生は快活に笑って聞かないフリをして、僕らに向かって手で追い払うような仕草を作った。  冗談は、これまでか。  僕と宙は妹を先生に任せ、寝室をあとにする。  それからソファーに腰掛けて、僕らを待っていたお姉さんに向き合う形で座り込んだ。 「それで、遠――いや、苗字が嫌いだったな、空くんは。……おおよそは、葵とともに聞かせてもらったが、例の封筒を見せてもらえるかな?」 「はい、……これです」 「ああ、それと脳内表記をお姉さんじゃなくて、名前で呼んで貰いたい」 「それでは湯浅さんと茜さんのどちらを希望ですか?」 「茜たんでお願いしよう」 「分かりました。では茜さんで」  先日というか、ついこの間見せてもらった警察手帳から、僕は目ざとく名前を見付け、覚えていたりする。  先生の知人なら、いつか利用――もといお世話になることがあるかもしれないと踏んでいたからだ。  なんて、美人の名前をしっかりとチェックしていたことを誤魔化すような独白をしているうちに、茜さんはそれらに目を通し終えていて、険しい顔を作っていた。おそらく僕らと同じ感想を持ったのだろう。 「私が言うのもなんだけど、大概ストーカーの被害を訴えても、余程のことでない限り警察は動かないんだ」 「でしょうね」  だから、茜さんや先生に頼んだんですよ。 「取り敢えず、この辺りの巡回を強化するように進言しておこう。先日、殺人事件もあったわけだしね」  茜さんの冗談めかした物言いに左手の傷が答えるように疼いた。  あははは、笑えないよ。 「私も出来る限り見回りに来よう。効果はそこまで見込めないかもしれないけど、何もないより気がマシだろう」 「すみません。お手を煩わせてしまって」 「構わないよ、これは私の個人的な行いだ。……そうだ。これ、私の名刺。何かあったら二人とも、私にかけてきて欲しい」  そう言って、茜さんはとっておきの笑顔を作った。
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